近年,光を用いた音声・データ通信は各家庭まで行き渡りつつあります.さらに,今後は電子回路上における超近距離データ通信にも光信号が用いられようとしています.そのため,これらの光信号を取り扱う回路(光回路)の需要は今後ますます高まると予測されます.高分子材料は金属材料や無機材料と比較すると軽量であり,加工が容易で,かつ低価格である事が多く,今後の拡大する需要に十分対応できる有望な材料であると考えられます.
しかし,高分子はその分子構造や実際の加工工程によって分子の配向状態が容易に変化し,それによって物性の異方性が引き起こされる事が良く知られています.我々は分子構造に基づいた定量的な解析及び予測を通じて基礎的な知見を得るとともに,それらの異方性をコントロールして材料物性の向上,新規機能の付与を目指して研究を行っています.
屈折率は光学材料において最も重要な物性の一つであり,その制御に関する検討はこれまでにも幅広く行われています.最近では,屈折率を外部刺激によって変化させる動的制御が学術的にも応用的にも注目されています.
我々は温度変化によってもたらされる屈折率の変化,すなわち熱光学効果(thermo-optic effect)に特に注目し,屈折率変化とその異方性(入射する光の偏光方向による差)を測定する手法を開発しました.この測定手法を基板上に作製した耐熱性高分子材料である芳香族ポリイミド膜に適用した結果,これまで高分子材料では観察されなかった大きな異方性が存在することを明らかにしました.この大きな異方性に関する検討を行った結果,高分子鎖の分子配向の程度と,基板上に膜を作製したことに起因する大きな残留応力が要因となっている事が明らかになりました.現在この異方性を定量的に評価する理論を構築しています.
屈折率測定装置に加熱機構を取り付け,温度可変測定を可能にした.温度コントロールにはフィードバック機構を取り入れているため,精度良く温度をコントロールできる.
芳香族ポリイミド膜の屈折率温度依存性を測定した結果.膜平面と平行な偏光(In-plane)に対する屈折率の温度依存性は垂直な偏光(Out-of-plane)のそれよりも明確に大きい.
高分子の屈折率は,その分子構造や分子鎖の凝集状態によって大きく変化します.さらに,その異方性(すなわち複屈折)は,分子鎖の配向方向とその程度にも大きく依存します.我々は屈折率・複屈折と高分子の分子構造・凝集状態・配向の定量的な相関を評価するための手法を検討してきました.その成果として,計算的手法を用いた分極率計算を基に,複屈折の極限値である固有複屈折を算出する方法を確立し,芳香族ポリイミドにおいて妥当性を確認する事ができました.固有複屈折の算出には一般的に密度測定と配向の定量的な解析が必要になりますが,我々の方法ではその両者が不要であり,屈折率を実測するのみで良いという大きな利点があります.
剛直性の高い芳香族ポリイミドの場合,分子構造に基づき算出された分極率の異方性が固有複屈折の推定値と強い相関を示す.
高分子溶液を回転している基板上にキャストして製膜するスピンコート法(あるいはスピンキャスト法)は容易に平坦性が高い膜を得られる非常に重要な方法です.スピンコート法によって作製した膜において分子鎖は膜面に平行に配向する事が多いのですが,その配向の程度を分子構造に依存しない方法で定量的に評価することは容易ではありませんでした.これまでにいくつかの測定方法が提案されていましたが,我々はATR/FT-IR法がスピンコート膜の配向状態評価にも非常に適していることを明らかにしました.さらに,ATR/FT-IR法を芳香族ポリイミド膜の配向状態評価に適用した結果,分子構造と配向状態の相関・基板との接触によって発生した応力の影響などに関して知見を得る事ができました.